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〒377-1402 群馬県吾妻郡嬬恋村鎌原1487-8
構想は、20年前から始まっていた。
女将と知り合った当初、オーナーは、「丸太小屋」の本を読み漁っていた。
自作で丸太小屋を作りたかった。
学生やOBや同僚たちをその丸太小屋に招待して、ワイワイがやがやとやっているうちに、そこに住みたくなるだろう。
そこで生活るためには、どうするかを考えていくと、当時、ペンションがはやり始めており、その手があると考え、丸太小屋のペンションを見て歩いたが、当時の建築方法や消防法、メンテナンスに難があると考えた。
そうこうするうちに、エルテに出会い、買いためていったため、それを飾る場所が欲しくなった。
→→→エルテとは、ここをクリック
オーナーは、当初からいろいろなものを手作りするのが楽しみで、この館を作ってきたのである。
現在制作中なのは、900坪の敷地を10年がかりで整えている。
芝生をウッドデッキ側と奥の方に貼ってあり、ワンちゃんの散歩やバーベキューなどをするのに、都合が良い。
構想中なのは、その庭の一角に、吾妻屋とツリーハウスを作ることである。
ウッドデッキには、手作りのスモークハウスがあり、燻製を作成している。
まだそれほど実績はないが、スモークサーモンなどは、冷燻には適している場所なので、これからは食卓に上ることも多々あろう。
ゆで卵や鶏やベーコンなども手軽に出来る。
もし、お客様でご自分で燻製を作ってみたい方は、どうぞご自由にお使いいただきたい。
千葉県千葉市出身の女将とオーナーは、住友商事の物流子会社で知り合った。
横浜で十数年生活し、商社マン夫人として、子供の幼稚園のPTA会長として、はたまた、子供のサッカーのお母さんとして、日夜活躍していたが、オーナーと知り合った当初からペンション経営の話を実現すべく、ここ北軽井沢に子供3人と一緒に移住してきた。
小さいころから、自営業の父親に連れられ、舌が肥えた。
また、横浜では、有閑マダム宜しく、子供を学校幼稚園に送り出しては、横浜の町でうまいものめぐりしていた。
北軽井沢に越してきてからは、シェフが作るものにとことんケチをつけ、女将の舌に合わなければ、お客様にお出し出来ない仕組みになっていった。(それが成功の鍵)
また、昔から「占い」に凝っていた女将は、お客様のために、無料で占いに力を注ぎ、おひとり占うのに、ぐったりするほどの熱の入れようである。(生年月日から「鬼谷算命学」を使って占います。)
→→→占い詳しくは、こちら
一昨年には、1年かかって、エステの技術を習得し、当館にエステルームを設けて、施術を行っている。
→→→エステのメニューは、こちら
当プチホテルは、四部屋しか客室がない。
ここのこだわりは、あくまでもオーナー夫婦が、お客様との距離を近くとることにある。
ホテルのように、慇懃無礼な態度で、プライバシーを踏みにじらないのは、ちょっと味気ない。
ペンションほど、こまめにお客様と接したいが、あまり庶民的に立ち入ったり、規則や規制も作りたくない。
そんな中間的な接し方が出来るのが、最大四部屋の目の行き届いた接待ではないかと考えている。
いつもいつもお客様の身になって、調度を整えたり、料理を作ったり出来る人数、お客様の態度で、何をしたいのかを察することが出来る人数が、四部屋かなと思っている。
将来余裕が出来たら、増やしても良いと思ってもいるが、いまは四部屋が良い。
オーナーは、料理に関しては、素人であるが、商社勤めの傍ら、土曜日曜には、家族のために食事を作っていた。
また、成蹊大学陸上競技部の部員の中から、約20人ほどを横浜の自宅に招き、バーベキューやその他の料理を振る舞っていた。
当初は、男の料理で良かったが、お客様にお出しするための料理を考えると、いささか乱暴であったため、住友商事を退職後、女将と共に横浜近辺のレストランを食べ歩き、また、西日本の有名宿を泊まり歩いて、舌を肥えさせる一方、当館のコンセプトづくりをしていった。
退職後、2年間修業をして、「調理師免許」も取得して、料理の腕を磨いていったが、こちらに移ってからの約一年で、知り合いや近所の別荘族の方々のお口に合うかを試して行った結果、及第点をいただき、一般の方々に料理をお出しする自信がついた。
また、常に料理番組を閲覧し、参考になるものがあると、直ぐに試し、女将の舌にあったら、メニューに加えるようにして、レパートリーを増やしていった。
ここ1年で、人数に対する不安もなくなり、新しいメニュー作りをしている。
現在、加わったメニューは、赤城牛のひき肉だけ(つなぎのパン粉と卵と調味料だけ)のハンバーグと手作りデミグラスソースとやまと豚を使ったポークジンジャー、ヘルシーメニューの豆腐ハンバーグなどなどである。
ERTEとは、アールデコの時代の人で、ロシアでバレーダンサーだったが、パリに出て、舞台衣装のデザインをしていた。
そのデッサン力で、劇を題材に絵画を描き始め、ハーパーバレーなどパリやニューヨークで活躍した。
私たちは、最初ラッセンやフックなど、自然を題材にした絵画を集めていたが、あるときデパードで偶然に「ERTE展」と出っくわし、その魅力に二人とも同時にはまってしまった。
その後、エルテの作品をよく見るようになり、最初に玄関に飾ってある「ウェーティング・レディース」と酒の神バッカスに使える巫女「バッカンテ」を購入した。
また、階段に飾ってある「メイ」やフリースペースにある「リボンドレス」を購入したが、横浜本牧にあったギャラリーと親しくなり、リビングの「メリサンド」「R」「T」「E」ブロンズの「3(サイレーン)」「ザ・ハーベスト」、「シモン」(階段上)を次々と購入していった。
その後、本牧から独立した女性社長から、入手困難な「コンテッサ」(カウンター)「アラビアンナイト」(201号室)「マザーフード」(101号室)「カミングオブスプリング」(202号室)「ザ・チョイス」(リビング)「ノックターン」(203号室)
エルテの絵画・ブロンズの総数17点にのぼり、まるで美術館と言ってよいほどになってしまった。
各客室に飾ってある絵画に合わせて、壁紙やカーテンを決めているので、部屋と絵画がマッチしている。
オーナーは、歴史的人物である「鄭成功」の弟の末裔である。
鄭成功とは、今から388年前の7月14日、長崎県平戸で生まれた。
父は、中国福建省出身の貿易商で、日本人田川松と結婚し、2児が生まれた。
長男「福松」(後の成功)は、7歳の時、父に付いて中国に渡ったが、末と弟(七左衛門)は、ちょうど江戸幕府が発令した鎖国令によって日本を出国出来なくなった。
その後、松は幕府の許可を受けて、中国に渡るが、清の軍勢に責められて中国で死亡した。
鄭芝龍は、貿易商人として東シナ海を制圧し、鄭の旗印を持たぬ商船を攻めたので、「海賊」とも言われていた力を持っていた。
そのため、明の皇帝から明の海軍として、利用されていた。
成功は、幼くして科挙の試験を突破して、明の皇帝から皇帝と同じ性(朱)をいただき、国姓爺と呼ばれていた。
明が没落すると明のために、清とたたかったが、南京攻撃を最後に、台湾に逃れた。
台湾は、当時オランダが占領しており、そのオランダと戦い、勝利して、台湾を解放した。
その後、39歳にして、病死した。
日本に残された弟は、平戸から長崎に移され、貿易商人、通詞として働き、オーナーの祖母まで長崎で暮らした。
曽祖父は、長崎から一ツ橋にあった大学(現在東京外国語大学1期生)に入り、中国語を学び、明治政府が初めて作った外務省に入り、日本初の外交官として天津の領事館で日清戦争の調停などを取り仕切った。
そんなことで、オーナー夫婦は、このプチホテルを中国の上海にある外国人の別荘のような仕様とすることにして、調度を選び、落ち着いたアジアンの雰囲気を出すことにした。
エルテの絵画も、アールデコの時代を反映して、アジアンにマッチしいるので、大変落ち着いた感じになった。
オーナーは、住友商事での仕事は、物流業務であった。
国内、輸出、輸入と物流のスペシャリストとして、業務にあたったが、中でもシステム構築が得意であった。
そのため、退職する前の5年間は、全社のシステム再構築のプロジェクトに抜擢されて、システム部門に配属された。
高校のときは、理系であったが、祖父が検事、大審院(現最高裁判所)の判事、弁護士の経歴だったので、大学は法学部に進んだが、司法には進まず(進めず)、商社に入社した。
従い、コンピューターの仕組み作りは得意であり、この仕事についても、PCの操作は、別段問題なくこなしている。
ただし、最近のインターネットの普及・進歩はめまぐるしく、ついてゆくのは大変である。
当館に設置した無線LANは、FREE SPOTとして設置しているので、当館近辺でPCは、自由にインターネットを楽しむことができる。
2011年3月1日に待望の光が入ってきたので、やっとスムーズな動きができることが叶った。
お風呂は、24時間入れる貸切風呂を2つご用意している。
両方とも、向かって正面が、クリーンガラスになっていて、露天気分が味わえる。
オーナーは、当初露天風呂も作りたいと思っていたが、ここは冬にマイナス15℃にもなるところなので、温泉が豊富に出るわけではないので、断念した。
また、バスルームには、複数のシャンプー、コンディショナー、ボディソープ、固形石鹸を置いてあり、お好きな石鹸をお試しいただける。
一つは、ヒノキのお風呂。
女将が、お気に入りで、是非、皆さんにお勧めしたいお風呂である。
何故なら、他人が入ったお湯に入りたくないお客様のために、毎回ご自分でお湯をお入れいただく仕様となっている。
しかも、毎回檜の良い香りをかぐことができ、自然になかで至極のときを味わえると評判である。
大きい湯船なので、大人二人で入っても、足を延ばせるくらいの大きさで、Goodである。
二つ目は、石のお風呂。
24時間の麦飯石の人工温泉で、ファミリーで入れる大きさである。
ご夫婦とお子さん3人ぐらいは、入れる大きさである。
お湯の温度は、ちょっと熱めで42℃に設定している。
したがい、ぬるめのお風呂がお好みなら、ヒノキのお風呂でご自分でぬるめにお湯を入れていただいた方が、良いと思う。
どうしても石のお風呂でぬるめで入りたいのであれば、水を入れていただき(設定を変えてはいけない)、調節していただいても構わないが、出るときに必ずお湯を足していただきたい。
このお湯には、EM菌と言う「乳酸菌の集合体」を投入しており、垢などを浄化してくれる優れものの菌を入れているので、いつもきれいなお湯が保たれている。
以前、菌を投入する前は、循環の麦飯石とフィルターをこまめに洗わなくてはならなかったが、投入後は3か月ほっておいても、綺麗なままであったので、効果のほどが窺える。
また、ここには、エステで使っているクレンジングクリームが置いてあり、乾いた体や手足に塗ってからシャワーを浴びて、湯船につかりそのあと体を洗っても、出た後でもしっとりとした肌になる。
将来の構想はある。
この場所を入手したのは、隣接する別荘地「フェンテあさま」の不動産屋さん「軽井沢高原ビレッジ」であるが、当地に隣接している場所を買い取って、コテージ風の建物を作り、なお一層別荘気分を味わって滞在していただけるようにすることだ。
その時は、庭でバーベキューをしていただくもよし、お食事をご提供するのもよしである。
今は、資金的に無理であるが、将来お金が出来たら出良いので、やってみたい。
もし、どなたか一緒にやりたいとお望みの方がいらしたら、お声をかけていただきたい。
一緒に構想するのも楽しいかもしれない。
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